【インタビュー】高田秀一 高松への帰還 ~静かなる決意~(7月31日 高松ファイブアローズ)

01高松で8年間プレーした喜多選手の引退セレモニー。そして、そのチームとして大きな節目となるこの場所に、4シーズン振りに高松へプレーすることが決まった高田秀一の姿があった。

併存する日本のバスケットボールトップリーグのbjリーグとNBLがJPBL(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)へ統合されることが 決まり、2015-2016シーズンがbjリーグとして最後のシーズンとなる。新たに来る日本のバスケットボール界、そして、高松ファイブアローズとして 大きな節目を迎える。

その重要なシーズンに、かつて高松に4シーズンに在籍し、主力として戦った「たっきゃん」が帰って来た。

「出来るなら高松で現役を引退したいという気持ちで帰ってきました。選んで最後は高松でという気持ちで」
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-高松に戻ってプレーすることを決断しました。今の心境を教えて下さい。

国内の東西、色々とオファーを有り難い事に何チームか頂いたのですが、bjリーグが最後のシーズンということもあり、その最後となるシーズンに好きなチーム、思い入れのある高松でやりたいと思って高松ファイブアローズに決めました。
そして、出来るなら高松で現役を引退したいという気持ちで帰って来ました。選んで最後は高松でという気持ちで。
高松のブースターの方々は、僕が高松から去っても、違うチームなのに応援に来て頂いたりもしました。高松のブースター方々の暖かさが有り難く、ここでプレーしたいという気持ちでした。
高松の暖かい土地と人とが好きになって、戻ってきたい、ここでプレーしたいと思いました。

-高松の選手達と連絡を取り合ったりもされてましたか。

全くありませんでした。仲悪いんで。(笑)嘘です。ありましたね。同期の菊池選手と も連絡とってはいました。問選手(2012-2013〜2013-2014の2シーズン、高松に在籍。高田は昨シーズン島根でチームメイト)の結婚式に一 緒に参加したりとか、高松を離れた後でも会ってたりしていましたね。高松でプレーした選手との仲はチーム離れてもいいですね。

-また、讃岐うどんも食べられますね。

うどん大好きですね。以前在籍したときは「たも屋」さんにもよく行っていました。昨日、島根から高松に引っ越したばっかりなので、まだ行っていないです。「たも屋」さん、うどん屋さんに行きたいですね。

-チームでの役割はどのようなものになると思いますか。

伊藤HCとの話し合いこれからですが。チームで最年長(31歳)になってしまいまし たし、チームをまとめる、引っ張っていく部分でも声をかけていったり、気を配らせていかないということもありますし、個人としてはチームが勝てればそれが 一番なので、自分の出来る役割を全力でやっていこうとは思いますね。

-外国籍選手のゲーム通してのオン・ザ・コート・2(外国籍選手の同時プレイが2人まで)のルールになり、日本人選手の得点力も求められてくると思います。得点を取るという意識の部分ではどうでしょうか。

昨シーズン、島根では、得点を取る部分では、得点を取れる選手が他にいたので、特に意識はしていなかったですけれど。2シーズン前の大分で週間MVPを 取ったときは、コーチから得点取る役割を任せられてシュートを打っていきました。チームがどういうカタチになるか未だ分からないんですけど、自分の役割を 遂行するだけですね。

-伊藤HCはラン・アンド・ガンのバスケットをしたいとの事ですが、走るバスケットは好きですか。

走るバスケットボールは好きですね。僕、日本体育大学の時からそういうバスケットしか出来なかったので。だんだんやっていくバスケットに合わせて、技が増えていく部分があったんですけれど。基本は走るバスケットが好きですね。速い展開ができていければ良いですね。

-走るスタイルのバスケットボール、イメージするのは。

チーム的にはNBAのサンアントニオ・スパーズのバスケットボールが好きですね。エ キストラパス出したりとかして、パス回していくスタイル。ノーマークを見つけて出したりするそういうバスケが好きだなと思ってずっと観ていますね。僕はパ ス出すのも好きですね。シュートを決めるのが決まったとき一番気持ちいいですけれど、味方が決めてくれるのも嬉しい。皆で、チームでバスケット出来ている のが好きですね。

-スパーズのパスセンスにも長けた同じフォワードのポジション、ボリス・ディアウとか好きですか。

ディアウいいですね。よくご存じで。ポストプレイもしながらもパスも出せる。パスを回せますね。やっぱりチームでバスケット出来ているのがいいですね。

-背番号41番をずっと付けていますね。

僕の好きなNBA選手、ダーク・ノビツキーの背番号です。三菱でプロとしてキャリアを歩んだ最初の シーズンから選んだのが41番。観てて、デカイのにシュートも入るし、動けるので。その当時は憧れて。大学の時は4回生の最後、好きな番号を選ばせてくれ るので10番をつけていたんですけど。その時、なんで10番かは忘れましたが。それで、三菱でも付けようと思ったんですが、どうせなら個性的な番号を選ぼ うと思って選びました。それからずっと41番を選んでいます。

-膝の調子はいかがですか。

膝は去年もその前の大分でも問題はなかったです。全身のトレーニング、足のトレーニングもバランス良くやらない と、僕の場合痛くなっちゃうので、肉離れとかしちゃったので、筋トレだけは毎週絶対やっているカタチにはしていましたけど。また、去年はトレーナーの人が 追い込んでくれたので、助かりました。自分でやるのと違いますし、なかなか自分で見えないですし。
基本のBIG3のトレーニング、ベンチプレス、スクワット、ドッドリフト。その中でも、デッドリフトとハイクリーンを中心に。

-オフシーズンの間取り組んでいる事を教えて下さい。

自主練をしていまたが、体力面が落としたくなかったので、トレーニングマスクして酸素摂取量を抑えた状態でのトレーニングを行っています。それを今やっています。とても苦しいですが、心肺を追い込んでやっているところですね。高地トレーニングをしているような効果があると言われています。

-今シーズンの個人的な目標など

自分が一番上ということで、お手本じゃないですけど、口だけじゃ無くて、自分のプレーで見せていかないといけないと思っています。オフェンス面でも、ディフェンス面でも今シーズンは積極的に。オン・ザ・コート2ということもありますし、積極的に得点を取りに行ったり、味方を活かせるようにしていきたいですね。また、それと共に、若い選手達にも成長していって欲しい気持ちもあります。
ベテランになりこの先、一年一年が勝負になっていくと思うので。今までと同じプレーしていても、スピードも筋肉も落ちてくるので、やっぱりそこは上手く、通用していくようにしていかなければというように思っています。
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-喜多選手が現役を引退し、アカデミーコーチになりました。

喜多さんには僕が高松に入った当初からお世話になっていましたし、悲しくもあり。もうちょっと選手として出来るんじゃないのかなとも思います。ですが、喜多さんが決めたことです。次の道(ファイブアローズのアカデミーコーチ)へ向けて頑張ってほしいと思っています。

-高松ファイブアローズがきっかけでバスケットボールをはじめた子供たちもいます。高田選手の子供のころはどうだったのでしょうか。

僕がバスケットボールを始めたのは、中学に入ってからでした。漫画の「スラムダンク」の影響があってはじめたのがきっかけでした。また、父が東京都の教員チーム でバスケットをしていたこともあって、幼い頃、何度か試合を見に行ったのを憶えています。ですが、バスケットボールを強いられることはありませんでした。 一緒にシュート練習などもしたことがありませんでした。試合はときどき見に来てくれてたりしていましたが、父がバスケットボールの競技者だから息子にもと いう感じではなかったですね。今のプロバスケットボールの様に、プロ選手にこうやって教えてもらったり、ふれ合ったり、というのは僕の学生時代の時には無 かったことです。クリニックで子供たちとふれ合うことで、バスケットボールを始めるのだとしたら嬉しいことですし、きっかけになってくれたらとも思いま す。

-今日のイベントでもすごく楽しそうにバスケットをされていました。将来、バスケットボールのコーチになることは考えていますか。

楽しんで バスケットを教えるだけならいいと思うのですが、やはり、勝負事になると厳しさも必要になったりしてくるし、また楽しむばかりのものとは違ってくるので。 また教える事も、難しいんじゃないかなと思います。教える事にも、経験が必要ですし。ですが、現役引退後にもバスケットボールに関われるというのが一番の 希望ですね。

-高松ファイブアローズを応援している方々、ファンに向けてひと言お願いします。

今、カマタマーレ讃岐も人気になっていますが、高松ファイ ブアローズの、僕らも試合にも是非足を運んで頂きたいです。僕らもそれに見合うように、また来て頂けるような試合をしなくてはいけないと思っています。会 場に是非足を運んで頂ければと思います。よろしくお願いします。
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プロフィール
高田 秀一 (たかだ しゅういち)
1983年10月13日生まれ、東京都出身。F。195cm/91kg。日大豊山高校2 年生時に全国大会ウィンターカップ出場。日本体育大学に進学しインカレなどで活躍。大学卒業後、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズを経て2008年、bj リーグ、高松ファイブアローズに全体6位のドラフト指名を受け入団。bjリーグでのルーキーイヤーとなる2008-2009年シーズンには高松チーム新記 録の11連勝に貢献。2008〜2012の4シーズン高松でプレーし、大阪、大分、島根と渡り歩き、今季、高松へ復帰。
2013年大分ヒートデビルズ在籍時、11月15日~17日「ローソン”ponta”週間MVP」受賞。
2日間合計で3P成功率50%、2P成功率90%、フリースロー成功率100%と合計35得点の確率の高いシュートを決める。

(記事:大津 将平)

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