【インタビュー】ブースターと共に歩んだ7年間~戦い続けた指揮官の想い~
2015年5月4日、プレイオフファーストラウンドAWAY京都ハンナリーズ第2戦。63対93。高松ファイブアローズの完敗。
しかし、ヘッドコーチ前田顕蔵は「やっと終わった」と安堵の気持ちと「やりきった」という気持ちとでで一杯だった。また選手たちも、「最後の2か月間は、もがき苦しみながらの戦いだったはず」と言うヘッドコーチの言葉にあるように、きっと同じ気持ちだったに違いない。
「全てを出し切った」その前田の言葉に尽き、ファイブアローズ劇場2014-2015シーズンは幕を下ろした。
シーズンを戦い終えて・・・、高松ファイブアローズの戦いぶりを振り返ってもらった。
「初め、7勝7敗。勝率を5割にもっていったあと、上位チームとの試合が続く中、ケガ人が出て、そこからの14連敗。ここが長くてしんどかったですね。」今シーズンが始まる前、前田HCは、23勝以上。そして最低ラインがプレイオフ進出、という目標を掲げた。
結果として、今季は17勝で終わるも、ウエストカンファレンス8位で、プレイオフ進出という目標は達成した。「後半、上位チームとの戦いに勝てなかったのが結果に表れた。しかし、下位チームとの戦いに取りこぼしがなかった事は大きい。」
そんな、苦しい戦いを強いられたファイブアローズを、キャプテンとしてまとめてきた、米澤翼選手を評価する。「責任感を持ってやってくれた。成果が出ないチームを、一生懸命前に向かせようとがんばってくれた。」
米澤キャプテンの元、みんなの大きな目標だった、夢の舞台「プレイオフ」進出。しかし、「完敗、ダメでした」という言葉が出る。「個としての負けではなく、チームでバスケットをしよう!というチーム力がうちにはなかった。チーム力の差でしょう。」と語る。
今季の反省点。
①ディフェンスが安定しなかった。この試合では出来て、この試合では出来なかった・・・とか。②オフェンスのミスを減らす事が出来なかった。
チームを率いるヘッドコーチとしての反省の弁は尽きない…。
2008年。右も左もわからず、ほとんど通訳としてのスタートをきった、高松ファイブアローズでの7シーズン。アシスタントコーチ兼通訳として過ごした3年間、ヘッドコーチは毎年代わった。ちがうヘッドコーチの元で、「チームに対して自分が出来る事があるのか?」と模索しながらの3年間だったと言う。
4年目、ヘッドコーチとしてのオファーが球団よりきた時は・・・「なりたくなかったですよ~。経験値もないのに自信を持てなかった。もう、絶対やめたほうがいいですよ・・・と話しました。」
しかし、チーム事情も考えた末、「やらせてもらいます。」と最終的に返事をする。ヘッドコーチとして1年目のシーズン。自信もない中で、否応にも決断していかなくてはいけない。
「とにかく、背伸びしていた。選手とコミュニケーションをとろうとしていなかった。自分の中にあるHCという像を勝手に追いかけて、自分のキャラに合わない感じでやっちゃったので、今思えば選手は大変だったと思う。」結果、2勝しかできなかった。ヘッドコーチをやってきた中で、忘れる事は絶対にできないシーズンだ。
そして、苦しい戦いが続く毎日を、ずっと支えてくれたのは家族・・・奥様だった。
「僕の性格をよく知っていて、何を大事にしているか、と言う事もよく理解してくれている。でも、試合に負けて腹が立ったり悔しい思いをしてふてくされて帰った時、そんな試合の結果は自分には関係ないから、家に持ち込むな!と怒られたことがある。その時は、ビックリした。」
昨年、実は条件のいい球団からのオファーがあり、その球団に移ろう・・・と考えて奥様に相談した時・・・「それでいいの?らしくないんじゃない?」と言われた。その一言で、自分の気持ちをもう一度振り返り、確かめ、そして今シーズンは高松に残った。本当に純粋にやりたい事かどうか?という事を判断してくれる。今季、前田HCが高松で指揮をとったのは、奥様の背中への後押しがあったからという事は、間違いない事実である。
しかし、今回辞めると言った時は、”らしくない”とは言われなかった。一番近くで見ていたから。
苦しい姿を見ていたから。やり切った姿を、奥様は見ていたから・・・だと思う。
これから新たな道に進む、前田顕蔵の夢を聞いてみた。
①自分が率いるチーム(まだ未定)で優勝する。
②日本代表の監督、またはスタッフとして、世界と戦う。
③オリンピックに出場する選手の力を付けたい。
しかし、究極の夢は・・・子供たちに還元すること。8年前の牟礼町体育館で出会った男の子がボールで遊んでいる姿を見て思った。バスケットを通して、子供たちが憧れてくれるよう!夢を持ってくれるように!
そんな思いの中から、子供たちのバスケットスクールを始めた。
子供たちが成長するスクールで指導する・・・そんな魅力のある仕事に携わった時間がとても大切だったと振り返る。
そして、もう一つ・・・とても大切なもの。
それは、共に戦ってくれたブースターの人たち。
「チームに、お金がある時から、無くなった瞬間を見た。これは大きな経験だった。今までは会場設営はチームがお金を出してしてもらっていた。でも、お金が無くなった途端、試合をするための会場の設営をしてもらえなくなり、試合もままならない。しかし、そこに集まってきてくれた有志のボランティアスタッフたち。彼らがいなければ会場の設営すら出来ず、試合が出来ない状況だった。」
そんな彼らに対し特別な感情が沸き上がる。そんな感情の中、表現する言葉があるとすれば?と問うと「一緒に苦しい思いをして、戦ってくれて、毎シーズン過ごしてきた大切な仲間」だと答えてくれた。
最後に、ブースターの皆さんに一言・・・。
「ありがとうございました。これからも高松ファイブアローズをよろしくおねがいします。」
プレイオフの試合前、京都まで応援に来てくれたブースターのみんなと選手を集めて、一緒に声を出していった2戦。
ヘッドコーチとしてかけがえのないものを受け取った。
インタビューを終えた後は?の問いに、「ドレ(アンドレアス・ソーントン)を見送りに行くんです。」といい軽やかに席を立つ。
そこには、このシーズン苦しみながら戦ってきた戦士の貌(かお)はなく。
「みんなと話をしたい。」といい、
選手とのコミュニケーションを何よりも大切に考えてやってきた、本来の前田顕蔵が微笑んでいた。

撮影・インタビュー協力:SANTA’S DINER (サンタズダイナー)
(記事:木村 美香)
